top of page
検索

老いることを学ぶことは、生きることを学ぶことなのかもしれない。

執筆者の写真: Sumika Moriya
Sumika Moriya
4 日前
読了時間: 3分

先日、岡山で受けた「高齢者の障害とそのケアテクニック基礎講座」。


そこで先生が紹介してくださったのが、

砂川啓介さんの『娘になった妻、のぶ代へ』という本でした。


ドラえもんの声で知られる大山のぶ代さんが、脳梗塞を経て認知症となり、

砂川さんが妻を介護していく日々を綴った本です。


読んでみました。

正直に言うと、壮絶でした。


介護の中で起こるさまざまな出来事。

妻の変化を受け入れられない苦しさ。

「自分がなんとかしなければ」と背負い込んでしまうこと。

そして、その中で揺れ動く自分自身の心。


きれいごとだけではない介護の日々が、丁寧に書かれていました。

だからこそ、心に残りました。


先生が紹介してくださった「妻のために心がけていたこと」の中には、

・ハグや手を握るなど、触れ合う ・容姿を褒める

・髪型を変えるなど、おしゃれをさせる ・笑顔を忘れず、積極的に笑わせる

ということもありました。


これを読んだとき、

「ああ、ビューティタッチにもつながっている」

と思いました。

でも、本を読み終えたとき、私の中に残ったのは、もっと大きな問いでした。




私たちは、「老いること」を学んできただろうか。



人は、生まれて、

育って、

そして、老いていきます。

「老いる」ということも、「生きる」ということの一部です。


なのに私たちは、老いていく身体や心について、

学校でほとんど学んできませんでした。


身近な祖父母や親の姿を見ながら、なんとなく知っていく。

そして実際にその時が来たとき、

初めて戸惑いながら学び始める。

そんなことが多いのではないでしょうか。


私自身も、母のことを思い出しました。

もっと知っていたら。

あの頃、もう少し知識があったら。

母の言葉や行動を、違った角度から

見ることができたかもしれない。


もちろん、知っていたからといって、

すべてがうまくいったわけではないと思います。

介護に正解があるわけでもありません。

それでも、



「わからない」ことと、「知ったうえで、

まだわからない」ことは、きっと違う。



そう思います。


老いることを知る。

身体の変化を知る。

心の変化を知る。

困ったときに誰かの力を借りることを知る。

自分自身をいたわることを知る。


それは、介護の準備だけではなく、

「どう生きていくか」を考えることにもつながるのではないでしょうか。


そう考えたら、

10月から始まるビューティタッチの学びも、

少し違って見えてきました。

高齢者のためのケアを学ぶ。



その先には、


人が生まれて、育って、老いていく。

そのすべての時間にある「人としてのケア」



があるのかもしれません。


触れること。

笑うこと。

おしゃれをすること。

誰かに「きれいだね」と言ってもらうこと。


そして、自分自身を大切にすること。

そんな一つひとつも、

人が人として生きていくためのケアなのかもしれない。



老いることを学ぶことは、生きることを学ぶことの一部なのかもしれない。



この本を読んで、

私はそんなことを感じました。


10月から始まる新しい学び。

まだ、何が見えてくるのかはわかりません。



だからこそ、

知って、

触れて、

感じて、

考えてみたい。



人が人として生きていくこと、そのものをケアする。



「まだ名前のないケア」は、

ここからまた少しずつ、

形を変えていくのかもしれません。

 
 
 

コメント


アドラーカウンセラーMorleyと 日々是アドラー

心の金継ぎ ❤️HP QR_703319.jpg
  • alt.text.label.Facebook
  • alt.text.label.Instagram
CUA HP QR_364955.jpeg

©2024 アドラーカウンセラーMorleyと 日々是アドラー。Wix.com で作成されました。

bottom of page