ちょっと、新しいことを始めます。
今日から9月。 ちょっと新しいことを始めます。
まずは、予告編を一枚。 その先にある私の思いを、綴ります。

まだ名前のないケアを、一緒につくりたい。
身体から、心へ。 人と人との間にある「ケア」を、 もう一度考えてみる。
今月から、私は介護美容のビューティタッチを学び始めます。
けれど、私がこれから探していきたい「ケア」は、 「介護を必要とする人のためのもの」だけではありません。
私は、もっと広いところで、 「ケア」ということを考えてみたいと思っています。
人は、一人では生きていけない。
家族と。
友人と。
仕事仲間と。
地域の人と。
私たちは、誰かと関わりながら生きています。
だから、
目の前にいる誰かに寄り添うこと。
それは、特別なことではなく、 人と人との関係そのものなのかもしれません。
そして、もう一つ。
私は、
自分自身の心に寄り添い、 自分に手を差し伸べること。
も、とても大切な「ケア」だと思っています。
誰かを大切にすることばかり考えて、
自分のことは後回しにしてしまう。
「もっと頑張らなくちゃ」
「こんなことで弱音を吐いてはいけない」
「相手のために我慢しなくちゃ」
そんなふうに、
いつの間にか自分自身を置き去りにしてしまうこともあります。
でも、
誰かに寄り添うように、
自分にも寄り添っていい。
誰かに差し出すように、
自分自身にも手を差し伸べていい。
そんなことを、
「触れる」ことを通して感じてもらえたら。
そう思うようになったのには、
これまでの私の学びがあります。
私はこれまで、企業や組織の人材育成・組織づくりを生業としながら、
同時にアドラー心理学を学んできました。
カウンセリングや勇気づけを通して、
人の心や思考に向き合ってきたのです。
その中で感じてきたのは、
人はいつも、自分の気持ちを言葉にできるわけではない。
ということです。
頭では「大丈夫」と思っていても、
心はそうではなかったり。
本当はこうしたいと思っていても、
現実との間で苦しくなったり。
言葉や感情にできないものが、
身体に表れることもあります。
表情。
声。
呼吸。
姿勢。
身体の緊張。
身体はときに、
自分でも気づいていない
何かを教えてくれます。
だから私は、
心や思考に直接アプローチすることが難しいとき、
身体から入っていくことで、
心や思考にも何かが届くことがある。
そんな可能性に惹かれてきました。
アドレリアン・ボディワークを学んだことも、
その大きなきっかけの一つです。
そして今度は、もっとシンプルに、
「触れる」
というところから、
人の心に近づいてみたいと思っています。
手に触れる。
ゆっくり触れてもらう。
身体の力が少し抜ける。
呼吸が少し深くなる。
そのとき、
「私、頑張っていたんだな」
「ちょっと疲れていたんだな」
「誰かに触れてもらうって、こんなに安心するんだ」
そんな小さな気づきが
生まれるかもしれない。
そして、そこにアドラー心理学の「勇気づけ」が重なったら……
どんな時間が生まれるんだろう。
私は、それを知りたくなりました。
だから今回、ビューティタッチを学びます。
でも、私が探したいのは、
「介護美容」という枠だけではありません。
介護を受ける人も。
介護をする家族も。
今、頑張って生きている誰かも。
そして、ここにいる自分自身も。
人が人として生きていくこと、そのものをケアする。
そんなことが、できないだろうか。
まだ、答えはありません。
だから今は、
このケアに名前をつけることもできません。
「まだ名前のないケア」です。
今回、
「やってみるよ」と手を挙げてくださった皆さん。
本当にありがとうございます。
皆さんには、
学びの途中の私に付き合っていただきながら、
「気持ちよかった」
「なんだか安心した」
「ここが心地よかった」
「私はこんなことを感じた」
そんな率直な声を
聞かせてもらえたら嬉しいです。
そして何より、
皆さん自身にとっても、
自分を大切にする時間
になったら嬉しい。
少し疲れていた自分に気づく時間。
誰かに触れてもらうことで、
ふっと力を抜く時間。
「私も、これでいいのかもしれない」
と思える時間。
そんな時間が、
一つでも生まれたらいいなと思っています。
そしていつか、
親や大切な人の介護が必要になったとき、
「触れることなら、私にもできるかもしれない」
そんな小さな引き出しを
持って帰ってもらえたら、
もっと嬉しい。
完成されたものを提供するのではなく、
一緒に触れて、 一緒に感じて、 一緒に考えて、 一緒に育てていく。
その先で、
このケアに名前がつく日が来るかもしれません。
もしかしたら、その名前は
私一人で決めるものではなく、
ここに関わってくださった人たちの
体験や言葉の中から、
自然に生まれてくるのかもしれません。
だから今は、
名前がないことを楽しみたいと思います。
誰かの心に手を差し伸べること。
そして、
自分の心にも手を差し伸べること。
そのどちらも、
人が人として生きていくために必要な「ケア」
なのだと思っています。
だから私は、今からワクワクしています。
まだ名前のないケア。
ここから、始めます。



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