想像力が平和を作る
- Sumika Moriya
- 8月3日
- 読了時間: 2分

昨日、NHKで放送された、被爆教諭・梶矢文昭さんの『最後の授業』を観ました。
授業では、原爆の熱線で歪んでしまった一本の瓶に、子どもたちが実際に触れます。
歪んだ瓶を見たとき、私が最初に浮かべたのは「被爆した瓶」という言葉ではありませんでした。
「この瓶を毎日使っていた人がいた。」
誰かが水を飲み、誰かが食卓に置き、当たり前の日常がそこにあった。
その日常が一瞬で失われたことを想像したとき、戦争は遠い歴史ではなく、一人ひとりの暮らしを壊す出来事なのだと感じました。「怖い」「かわいそう」で終わるのではなく、その瓶を使っていた人の暮らしや、そこにあった何気ない日常を想像する。
そして、「どうすれば平和な世界になるのか」を五感を通して考えていく──。
とても貴重な「生きた授業」だと感じました。
梶矢さんは、
「想像力がないから戦争をする」
「相手の立場に立って痛みを想像する力が、これからの平和な世界をつくる」
と語られていました。
授業が決まってからも、「子どもたちにどうすれば体感してもらえるか」を考え続け、父親が持ち帰ったという、もの言わぬこの瓶に語ってもらおうと決めたそうです。
『この小さな地球という宇宙の殻の上で、人はどうすれば仲良く暮らしていけるのか。』
梶矢さんの問いは、私にはアドラーの言葉と重なりました。
「なかまとできる」という共同体感覚は、誰もが持っている創造性(クリエイティブ・パワー)でもあります。
年齢や置かれた状況に関係なく、何かに迷ったときは、いつでもこの原点に立ち返りたい。
そんなことを、あらためて感じた時間でした。
〜日常の中でアドラーに出会う〜



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